大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(ワ)8508号 判決 1990年6月27日

甲事件原告

松村博

乙事件原告

木原邦之助

右両名訴訟代理人弁護士

岡村親宜

同(復)

望月浩一郎

両事件被告

東邦貿易興業株式会社

右代表者代表取締役

渡邉邦子

両事件被告

渡邉きん

渡邉廣康

渡邉邦子

渡邉紀代美

野村康子

被告全員訴訟代理人弁護士

今井重男

同(復)

湯川二朗

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一甲事件

被告渡邉きん、同渡邉廣康、同渡邉邦子、同渡邉紀代美、同野村康子及び同東邦貿易興業株式会社は、原告松村博に対し、別紙物件目録(一)記載の土地を明け渡せ。

二乙事件

被告渡邉きん、同渡邉廣康、同渡邉邦子、同渡邉紀代美、同野村康子及び同東邦貿易興業株式会社は、原告木原邦之助に対し、別紙物件目録(二)(1)(2)記載の各土地を明け渡せ。

第二事案の概要

一事案の要約

本件は、自動車教習所の敷地として使用されることを目的として、期間二〇年と定めて土地を賃貸した原告らが、無断転貸による解除及び期間満了を理由にして、右土地の明渡を請求した事案である。争点は、無断転貸といえるかどうかという点、右の土地賃貸借契約が建物所有を目的としているかどうかという点(これと関連して期間満了時に借地上に建物があるといえるかどうかを含む。)の二つであるが、争点としては、後者がより主要なものである。

二本件の事実関係

本件の主な事実関係は、次のとおりであり、《 》内に特に証拠を摘示した部分は当該証拠によって認定したものであるが、それ以外は当事者間に争いがない。

1  土地賃貸借契約の成立

原告松村は別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地(一)」という。)を、原告木原は同目録(二)(1)(2)記載の各土地(以下「本件土地(二)」という。)を所有しているが、原告らは、被告きんの夫であり、被告廣康、同邦子、同紀代美及び同康子の父である亡渡邉巖(昭和六二年一一月一九日死亡)に対し、亡巖が経営する自動車教習所の敷地に使用する目的で(厳密には、原告らは「自動車教習所の教習コースの敷地として使用する目的」と主張し、被告らは「自動車教習所のコース及び教習所に必要な建物の敷地として使用する目的」と主張する。)、本件土地(一)(二)を次の約定で賃貸した。

(一) 当事者、目的土地及び期間

原告松村は本件土地(一)を、原告木原は本件土地(二)を、いずれも昭和四三年六月二日から昭和六三年六月三〇日までの間、賃貸する。その後、右の期間は、いずれの賃貸借も、昭和六三年一二月一五日までに約半年延長された《証拠》。

(二) 特約

「賃借人が賃借権を第三者に譲渡しまたは賃借土地の転貸をするとき。及び名義の如何を問わず同様の結果を生ずる脱方的一切の行為をなるとき。」《証拠》は、賃貸人の承諾を受けなければならない。

(三) 賃貸借契約書は、いずれも、市販の契約書式を用い、これに必要事項を記入する方式で作成され、その第一条には、「賃貸人は、その所有する土地を普通建物所有のみの目的をもって賃借人に賃貸しその使用をなさしめることを約し、賃借人はこれを賃借し所定の賃料を支払うことを約した」との記載がある《証拠》。

2  本件土地(一)(二)上の自動車教習所の経営と被告会社の設立

亡巖は、本件土地(一)(二)のほか、ほぼこれと同時に、別紙図面二表示の訴外小川了介から二〇一三番ないし二〇一五番を賃借し(その後これを買い受けている。《証拠》)、これを敷地として自動車教習所を開設し、昭和四四年六月一八日、被告東邦貿易興業株式会社(以下「被告会社」という。)の前身である有限会社取手自動車教習所を設立し、昭和五二年八月、有限会社東邦貿易興業に名称を変更し、さらに、同年一一月二九日、亡巖の死亡に伴い、現在のように株式会社に組織を変更した。被告会社の経営者の布陣は、亡巖が健在であったころは、同人が代表取締役で、被告廣康及び同邦子が取締役であり、現在は、代表取締役は被告邦子、取締役は被告廣康及び同きんであり、監査役は被告康子である。《証拠略》。

3  原告らによる無断転貸を理由とする賃貸借契約の解除

原告らは、右2のような被告会社による本件土地(一)(二)の使用占有の形態は借地の無断転貸であると考え、原告松村については昭和六二年六月三〇日付けの内容証明郵便をもって、原告木原については同年六月七日付けの内容証明郵便をもって、いずれも、借地につき無断転貸があるとして、これを理由に、亡巖に対し、それぞれ本件土地(一)(二)の各賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右の各内容証明郵便は右日付のころ同人に到達した。

4  期間満了による賃貸借の終了

原告松村は昭和六三年六月二三日付けの内容証明郵便をもって、原告木原は同年同月七日付け内容証明郵便をもって、いずれも、本件土地(一)(二)の賃貸借契約は前記期間の満了(原告らは当初の昭和六三年六月三〇日までの約定期間の経過をもって期間満了したものと考えた。)によって終了するとして、相続人の代表者と思われた被告邦子に対し、賃貸借契約の終了と明渡を通告した。

5  自動車教習所の全体の敷地と建物の設置の状況

被告会社が運営している自動車教習所の教習コース及び教室・事務室・車庫等の建物の全体の概略の位置関係は別紙図面一のとおりであり、本件土地(一)(二)、被告会社の所有に帰した二〇一三番ないし二〇一五番の土地の位置関係は別紙図面二のとおりであり、本件土地(一)(二)とその地上建物との精確な位置関係及び形状・面積は別紙図面三のとおりである。

三争点

1  借地の無断転貸の有無

(一) 原告らの主張

原告らは、亡巖に対し賃貸したのであるから、現在、被告会社が本件土地(一)(二)を使用占有していることは、借地の転貸に当たる。

(二) 被告らの主張

亡巖が賃借した時点で、法人組織になることが予定されており、原告らに対してもその旨を伝えてあった。また、被告会社の前身である有限会社取手自動車教習所が昭和四四年六月六日に設立された以降、原告らは、被告会社から賃料を受け取って被告会社宛の領収書を交付しており、被告会社が自動車教習所を経営していることを熟知して、これに対しなんら異議をとなえなかった。したがって、昭和四四年六月の時点で、本件土地(一)(二)の賃借人が被告会社に変更されたか、又は被告会社に対する転貸について明示的又は黙示的な承諾があったものというべきである。

2  建物所有目的の土地賃貸借かなど

(一) 原告らの主張

土地賃貸借が建物所有の目的か否かの判断は、その主たる目的が建物所有目的か否かによってすべきであり、その主たる目的が建物所有以外にある場合には、たとえ賃貸土地上に付属の事務所や建物があっても、建物所有目的というべきではないところ、本件土地(一)(二)の賃貸借では、その主たる目的は教習コースの敷地であり、教室・事務所用・車庫等の建物の建築ではなかったのであるから、それらの建物の建築をもって建物所有目的というべきではない。また、建物所有の目的か否か、期間満了時に建物があるといえるか否かについては、賃貸借にかかる当該土地に限定して判断すべきであり、これを用途上不可分であるからといって、これと隣接するにすぎない土地を含めて判断すべきではない。

そうすると、本件土地(一)(二)の賃貸借は民法上の賃貸借であり、建物所有を目的とするものではなく、したがって、約定の期間満了によって賃貸借契約は終了する。仮に、建物所有の目的で賃貸したとしても、期間満了時において、本件土地(一)(二)上には同土地の全体のうち極めてわずかの部分にしか建物が存在しておらず、借地法にいう建物のある場合に当たらない。

(二) 被告らの主張

本件土地(一)(二)は、契約書にも明記されているように、建物所有を目的としており、かつ、現実にも、他の土地及びそれらの地上建物と一団となって、自動車教習所を構成しているのであって、借地法にいう建物所有を目的とする土地賃貸借であり、また、期間満了時にも、本件土地(一)(二)と他の土地とが不可分となってそれらの土地上建物の敷地となっているのであるから、借地上に建物がある場合に該当するものというべきである。

第三争点に対する判断

一無断転貸について

<証拠>によれば、原告らは、自動車教習所の経営主体については、亡巖個人から法人組織に変更される見込みであることを知って、これを承諾し、かつ、現に被告会社が地代を支払うなど被告会社名義で経営されていたことを当然のこととして受け止めていたと推認される。もっとも、賃借した個人が契約後その個人が代表者となって同族会社を設立した本件のような場合には、たとえ承諾がなかったとしても、経営の実態に変更はないから、契約解除の理由にはならないものというべきである。

二借地法適用の有無について

建物所有を目的とするか否かは、建物所有を目的とする合意があったか否かという意思表示の有無の問題であり、その意思表示が明確にされなかった場合に、客観的な諸般の事情を考慮に入れるにすぎないと解すべきであって、本件土地(一)(二)の契約書には、第二において既に認定したように、建物所有を目的とする旨明記されているうえ、<証拠>によれば、被告ら主張のように、本件土地(一)(二)は、二〇一三番ないし二〇一五番の土地とともに、教習所を開設することを目的とされて賃貸借され、したがって、それらの地上には、教習所の運営に通常不可欠な教室・事務室・車庫等の建物が、それらの土地のどの部分にどのように建築されるかはともかくとして、建築されることが当然に予定され、承諾されていたのであって、しかも、本件土地(一)(二)上にもわずかながら、原告らの右に述べた意味における承諾のもとに、車庫(同車庫は、<証拠>によれば、建物であるというべきである。)が建築されて、現に存在していることが認められる。そうすると、本件土地(一)(二)の土地については、契約書記載のように、契約当初において建物所有を目的とする合意がされたというべきである。

借地権の期間満了時に当該借地上に建物があるといえるか否かは、建物所有の合意と異なり、意思表示の有無の問題ではないというべきであるが、当該借地と不可分の関係にある他の土地上にある建物を含めて、建物所有の合意がされた本件のような場合には、右の合意の趣旨を踏まえて、借地上に建物がある場合といえるか否かを判断すべきであり、そうすると、当該借地のみならず、これと不可分の関係にある他の土地上の建物の存在を含めて、建物があるといえるか否かの判断をするのが相当である。本件では、本件土地(一)(二)上にも一応建物があるうえ(仮に建物が全くないときであっても)、これと不可分の関係にある他の土地(二〇一三番ないし二〇一五番の土地)の上には教室・事務所等の十分建物といえる建物があるのであるから、借地権の期間満了時には建物がある場合に当たるというを妨げない。

以上のとおり、原告らが主張する本件土地(一)(二)の賃貸借契約の終了事由はいずれも認めることができず、また、被告会社は本件土地(一)(二)につき使用占有権原を有するというべきであるから、その余の判断をするまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官塚原朋一 裁判官井上哲男 裁判官小出邦夫)

別紙<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例